Mondai Đọc Hiểu
人生の岐路というほどに大げさなことでなくても、日常生活の中でも道の選び方の癖はある。家から最寄りの駅に向かう道筋でも、たくさんの可能性があるはずなのに、時間がたつにつれて次第に好みのルートが決まってくる。
仕事場周りなど他の人と共有する道筋で、好みが違うので驚くこともある。私の場合、たとえ遠回りをしても、静かで小さな道だと心が落ち着く。一方、とにかく距離が短くて早く着く道がよいという人もいる。
一緒に仕事場を出て飲み会の店に行く時などに、「道の選択」における彼我の差を思い知らされる。「効率優先」の人と歩いていると、自分としてはあまり選びたくないような、車の通行が激しい大通りを行かなけれはならない。
道なんて、どれを選んでも同じようにも思われる・しかし、案外そのような好みが、長い目で見ると人柄というものをつくり、人生の帰結を変えていくものではないかと思う。目に見えない人生の旅路においてどのような道が好みかということが、いつしかその人の生き方そのものとなっていく。
通る道に好みがあるのは、人間だけのことではない。
子どものころ、昆虫採集をしていて、「蝶の通る道」があるということを知った。専門家たちは、「蝶道」と呼ぶ。
家の近くの神社で網を構えて待っていると、いつも同じところを黒いアゲハチョウが飛んでいった。木立の中を、太陽に照らされたり暗がりに消えたりしながら、ずっと移動していく。
日照の条件や、食草がどこにあるか、メスとどこで出合えるか。さまざまな条件によって、蝶道は変わっていく。種類によっても違うし、季節や、一日のうちの時間帯によっても移り変わる。
蝶道がかわると、そこで待ち構えていれば採集できるから、よく観察するようになった。そのうちに網の中に収めるよりも、蝶がどのような道を選んで飛ぶのかという理屈のほうに興味を持つようになった。中学生のころである。
生物は、どのような原理に従って行動しているのか。その不思議に魅せられたことが、職業として科学者を選ぶ一つの大きなきっかけとなったように思う。
仕事場周りなど他の人と共有する道筋で、好みが違うので驚くこともある。私の場合、たとえ遠回りをしても、静かで小さな道だと心が落ち着く。一方、とにかく距離が短くて早く着く道がよいという人もいる。
一緒に仕事場を出て飲み会の店に行く時などに、「道の選択」における彼我の差を思い知らされる。「効率優先」の人と歩いていると、自分としてはあまり選びたくないような、車の通行が激しい大通りを行かなけれはならない。
道なんて、どれを選んでも同じようにも思われる・しかし、案外そのような好みが、長い目で見ると人柄というものをつくり、人生の帰結を変えていくものではないかと思う。目に見えない人生の旅路においてどのような道が好みかということが、いつしかその人の生き方そのものとなっていく。
通る道に好みがあるのは、人間だけのことではない。
子どものころ、昆虫採集をしていて、「蝶の通る道」があるということを知った。専門家たちは、「蝶道」と呼ぶ。
家の近くの神社で網を構えて待っていると、いつも同じところを黒いアゲハチョウが飛んでいった。木立の中を、太陽に照らされたり暗がりに消えたりしながら、ずっと移動していく。
日照の条件や、食草がどこにあるか、メスとどこで出合えるか。さまざまな条件によって、蝶道は変わっていく。種類によっても違うし、季節や、一日のうちの時間帯によっても移り変わる。
蝶道がかわると、そこで待ち構えていれば採集できるから、よく観察するようになった。そのうちに網の中に収めるよりも、蝶がどのような道を選んで飛ぶのかという理屈のほうに興味を持つようになった。中学生のころである。
生物は、どのような原理に従って行動しているのか。その不思議に魅せられたことが、職業として科学者を選ぶ一つの大きなきっかけとなったように思う。
(朝日新聞社『暮らしの風』2008年12月号 茂木健一郎「暮らしのクオリア蝶の通る道」より)
1.
本文の内容と合っていればO、違っていればXを書いてください。
➀ ( )日常生活における道の選び方は、いつしかその人の生き方につながっていく。
② ( )「蝶道」とは、蝶の採集の効果的な方法を研究しようとするものである。
➂ ( )「蝶の通る道」は種類によって違うが、季節や一日の時間帯で変わったりしない。
➃ ( )蝶の採集よりも、蝶の飛ぶ道に興味を持ったことが科学者になる一つのきっかけになったようだ。
2.
➀~⑤に適切な言葉を選んでください。
| かぎり さえ 以上は わけ 至るまで として |
私は子どものころから、今に(➀ )、昆虫採集が好きだ。小学生のころは、宿題を忘れても。虫網を持たずに外へ出ることは一日(② )なかった。網(➂ )あれば、他には何も要らないという少年だった。「蝶の通る道」というものを知った(➃ )、私としては採集や観察に励まない(⑤ )にはいかなかった。
3.
「道の選択」の違いは何に通じると筆者は述べていますか。
