主張理解(長文)問題1 – Nắm bắt quan điểm (Đoạn văn dài) Bài 1

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問題4-1


   写真しゃしん見方みかたがわからない、どういうのがいい写真しゃしんなのかよくわからない、というひとがいます。作品さくひん判断はんだんするのになに定規じょうぎのようなものがあって、それをててやれば自分の写真の良しわるしがわかるのではないか、というのです。
   一般いっぱんに、自分じぶんたものをひとつたえる方法ほうほうには、「言葉ことばはなす」「文章ぶんしょうにしてつたえる」「映像えいぞうつたえる」のみっつがあります。一見いっけん、それぞれべつのようにえますが、じつはなしているときも文章ぶんしょうんでいるときも、あたまなかには、その内容ないよう映像えいぞうとしてかんでいます。映像えいぞうは、はなし文章ぶんしょう内容ないよう表現ひょうげんわるにつれて、次々つぎつぎわってゆきます。言葉ことばはなししているときも文字ぶんじんでいるときも、映像えいぞう連想れんそうさせているのです。そのぎゃく写真しゃしんで、写真しゃしんは、映像えいぞうから文字ぶんじ言葉ことばかんじさせてくれるのです。
   筆者ひっしゃ写真展しゃしんてん新聞しんぶん雑誌ざっしなかで「いいな」とおも写真しゃしん出会であったときは、自分じぶんいま写真しゃしんているのではない、写真しゃしんがとらえたそのっているのだ、とおもうよにしています。ひとってきたモノとして、一歩いっぽいたところで鑑賞かんしょうするのではなく、自分じぶんおな現場げんばでこのシーンをているのだとかんがえるのです。そうして、画面がめん(なか)(ひと)(こえ)周囲しゅういおとにおい、モノの感触かんしょくまで想像そうぞうするのです。
   写真しゃしんは、たんなるかみうえ二次元にじげん世界せかいかたづけてしまうと、あじもないものになりますが、映像えいぞうなかはいんでみると、まるできているように活気かつきづいてきます。いい写真しゃしんだな、とおもったら忍者にんじゃのように作品さくひんなかにもぐりむ、孫悟空そんごくうやドラえもんになって、自由じゆうにその空間くうかん時間じかんまわってみるのです。
   写真しゃしん実際じっさいにあった、ある瞬間しゅんかん記録きろくしたものです。まだ()たことのない、(めずら)しい風景(ふうけい)人々(ひとびと)生活(せいかつ)()直接(ちょくせつ)()れて()ってくれますふるいアルバムをけ、祖父そふはは一緒いっしょうつっている写真しゃしんにもぐりむと、子供こどもごろもどって祖父母そふぼこえこえてきます。
   ()写真(しゃしん)とは、そこに(うつ)っている世界(せかい)(はい)ってみたくなるような、あるいは、()らないうちに、(われ)(わす)れて写真(しゃしん)(はな)()んでいるような、画面(がめん)(なか)からいくつもの言葉(ことば)()こえてくるような写真(しゃしん)のことをいうのではないでしょう。

石井いしい正彦まさひこづきの写真術しゃしんじゅつ文藝ぶんげい春秋しゅんじゅうによる)

連想れんそう関連かんれんのあることをおもかべること
感触かんしょくれたり、はだれたりしたときのかん
二次元にじげん立体りったいではなく、ながさとはばだけのひろがり
あじもない:つまらない
われわすれて:夢中むちゅうになって自分じぶんのことがわからなくなって

問題もんだい1 定規じょうぎのようなものとは、どういうものか。
1.評価ひょうかのもとになるもの
2.参考さんこうになる作品さくひん
3.欠点けってんなおすもの
4.間違まちがいをつけるためのもの

問題もんだい2 写真しゃしんがとらえたそのってっているとは、どいうことか。
1.写真しゃしんがとらえた出来事できごと調しらべること
2.写真しゃしんうつっている場所ばしょ実際じっさい鑑賞かんしょうする
3.写真しゃしんるときにひと一緒いっしょにいること
4.写真しゃしんうつっている場所ばしょ自分じぶんがいること

問題もんだい3 筆者ひっしゃかんがえる「写真しゃしん」とは、どのような写真しゃしんか。
1.現実げんじつ世界せかいわすれさせてくれる写真しゃしん
2.るものにかたけてくるような写真しゃしん
3.むかしのことを正確せいかくおもさせる写真しゃしん
4.鑑賞かんしょうするがわ想像力そうぞうりょくたかめてくれる写真しゃしん

Dịch & Giải thích

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