Check từ
| ア.伝説 イ.世界遺産 ウ.屋根 エ.農作物 オ.金銀 カ.治める キ.大地震 ク.発掘 |
1) ( )とは世界の子どもたちや孫たちに残していかなければならない自然や建物のことである。
2) 日本は野菜や果物など多くの( )を外国から輸入している。
3) 先週の台風で( )が壊れたので、修理してもらった。
4) エジプトでは今もピラミッドの近くで( )が行われている。
5) 1995年に神戸で起きた( )で約6,500人の人がなくなった。
6) 昔から川を( )ものが国をよく( )と言われてきた。
7) あの森には怖い鬼が住んでいたという( )がある。
8) 昔の人は「子どもは( )より大切なものだ」と言った。
Đọc hiểu
白川郷の黄金伝説
白川郷は合掌造りの村として知られ、世界遺産にも登録されている。
合掌造りというのは、手のひらを合わせたような形の屋根を持つ住まいのことである。この形が完成したのは江戸時代後半(18世紀)で、重い雪でも壊れないように、屋根が下の写真のように造られている。
合掌造りにはくぎが使われていない。屋根の組み立てや修理は、村人が協力し合って行う。現金収入が少ないため、費用をかけずに行わなければならないからである。また、建物の向きは、風邪や太陽の向きを考えて決められている。風の抵抗を少なくし、夏は涼しく、冬は暖かく過ごすためである。
中は広く、2層、3層になっており、上の階では蚕を飼い、下では火薬の原料を製造しながら日常生活も送っていた。この辺りは農作物ができないため、江戸時代にこうした家内産業が発展した。合掌造りは白川郷の厳しい自然条件から生まれたものだったのだ。
米がとれず、年貢が期待できないため、この地を治めようとするものは15世紀前半まではいなかった。しかし、15世紀後半に、ここにやってきて、住み着いたものがいる。
内ヶ島為民とその一族で、白川郷に帰り雲城という城を造った。彼らは近くの山で金銀を掘り当て、かなり豊かであったらしい。織田信長などの権力者に金銀を贈ったり、飢きんのときには村人に米を与えたりして、120年のあいだ白川郷を治め続けた。
ところが、1585年11月29日、大地震が起きた。「三百軒以上の家と数百人の人が一人残らず消えた。内ケ島の時代が終わった」と歴史の本に書かれている。
帰雲城がどこにあったのか、これまで何度も発掘が行われているが、まだ見つかっていない。城には金銀んが保管してあったはずだ。その価値は今のお金で1兆円とも言われている。白川郷は黄金伝説の地でもあるのだ。

1) 合掌造りについて本文の内容と合っているものには〇、違っているものには×をつけてください。
①( )合掌造りの家の中はいくつかに分けられ、いろいろ目的のために使われていた。
➁( )合掌造りの家は、雪がたくさん積もると屋根が壊れてしまうので、くぎを使って建てられている。
➂( )家を建てるときや修理するときは、村の人に頼むとお金がかかるので、家族で行った。
④( )合掌造りの家は、その土地の気候に合わせて生活しやすいように建てられた。
2) 黄金の伝説について次の質問に答えてください。
① 内ヶ島為氏とその一族が豊かだったのはなぜですか。
➁ 内ヶ島為氏とその一族は白川郷をどのようにして長い間治めていましたか。
➂ 内ヶ島の時代が終わったのはなぜですか。
④ 白川郷が黄金伝説の地であると言われるのはなぜですか。
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