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尺八で日本文化を理解
クリストファー遙盟・ブレィズデルさん。邦楽器・尺八の奏者である。1984年に号「遙盟」を授かり、日本の内外で教えながら古典と自身の演奏を続ける。この度、修業に努めた自らの半生を語った著書『尺八オデッセイ―天の音色に魅せされて』で優れたノンフィクション作品に与えられる第6回蓮如賞を受賞した。
身長は182センチ、アフロへアーの青年が竹盟者宗家・山口五郎のもとで尺八修業を始めた1972年ごろ、日本の友人たちの反応は、「へんなガイジン」の一点のみだったという。
初心者にとって尺八ほど厄介な楽器はないと言われるが、トロンボーンとフルートを吹いていた遙盟さんはあっさりと音をだした。しかし、出てからが問題だった。「尺八そのものより、複雑な組織の在り方のほうが戸惑わせられた」と彼は言う。「進級」、「卒業」ことにお金が必要で、「ナイヨウ(内容)より「カタチ」(形)を重視する考えには従うしかなかったが、常に疑問を持っていた。しかし、30年にわたる経験の末、今ではこう語る。「こうした日本文化の全体の中に自分がいることに大きな意味があったのです。言葉や人間関係のなかにいることが、尺八の徹底的な理解につながって、よかったと思いです。」
日本でも決してポピュラーだとは言えない尺八であるが、海外には意外に多くの愛好者がいる。1967年にニューヨークで初演された武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」のなかで使われて以来、尺八は国際的に広がりを見せた。アメリカには尺八を教える大学もあるくらいである。そして90年代に入って、世界の尺八人口は急速に増加した。尺八は本来そこであったように「いやし」の音楽としても注目されている。
「日本人には古臭い存在かもしれませんが、我々にとって日本の音楽は斬新な物として聞くことができたのです。山口先生の音色も『これぞ音!』という感じでした。先入観がなく、耳が自由でしたから。そういう耳を育てなくてはならないと思います。最近の日本の若者たちは邦楽になんて接したことがありませんから、『こういうすごい音楽があるぞ』と示すと、いい反応があります」
彼が日本の内外に向けて主張し続けてきた「邦楽は日本の民族音楽だが、またそれと同時にどんな民族音楽も人類全体の財産である」という言葉は、国籍や目の色などを超えて、我々の中にすんなりとはいってくる。
1) 正しい答えを選んでください。
① クリストファー遙盟さんは何に魅せられて、尺八修行を始めましたか。
a. 尺八の音色
b. 尺八の音の出し方のやっかいさ
c. 尺八の「カタチ」
② 尺八が国際的に広がったのはどうしてですか。
a. 尺八を聞いた人がこの斬新な音色にいやされたから。
b. 尺八の音色がトロンボーンやフルートの音色と似ていたから。
c. 武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」の中で尺八が使われていたから。
③ 民族音楽について、クリストファー遙盟さんはどのように考えていますか。
a. その音楽を持つ民族だけが理解できるものである。
b. 民族固有の音楽であるとともに人類全体の宝である。
c. 古い音楽で、現代の人たちには理解されない。
2) 年表を完成させてください。
| 年 | 事 柄 |
| 1967年 | 武満徹が「ノヴェンバー・ステップス」をニューヨークで(① ) |
| 1972年 | クリストファーが山口五郎の下で(② ) |
| 1984年 | フリストファーが号「遙盟」を(③ ) |
| 1994年代 | 世界の尺八人口が(④ ) |
| 2000年 | 『尺八オデッセイ-天の音色に魅せられて』で第6回蓮如賞を(⑤ ) |
3) ①~⑧に適当な言葉を入れてください。本文のとおりでなくてもかまいません。
クリストファー遙盟さんの日本での①___を通しての気持ちは、初めのころは②___、そして③___より④___を重視する考えには⑤___しかなかった。しかしいつも⑥___を持っていた。
それから30年経った今は、こうした疑問も含め⑦___全体の中に自分がいたことが、尺八の徹底的な⑧___につながってよかったと思うようになった。
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考えよう・話そう1)本文を読んで、クリストファー遙盟さんはどのような人柄、性格の人だと思うか、話し合ってください。
2)日本の文化・スポーツなどで興味を持ったものがありますか。それはどのようなもので、どこに興味を持ったのか発表してください。
日本の若者向けの雑誌で、自分の国の伝統文化・スポーツなどを紹介することになりました。写真・イラストのレイアウトなど、魅力が伝わるように工夫して、1ページの記事を書いてください。
文章の流れ: ①どのようなものか・歴史 ↓ ②魅力・人 |