Mở đầu
1)あなたのいちばんよく使う通信手段は何ですか。
内容や相手によって、通信手段を選びますか。
「手紙」という手段をどう思いますか。
2)新聞などで、有名人の死亡記事を読んだことがありますか。
どんなことが書かれていましたか。
Đọc hiểu
私の死亡記事
拝啓
時下、ますますご健勝のことと存じます。
さて小社におきましては、目下『私の死亡記事』という、かつて類をみないネクロロジー(死亡記事、物故者略伝)集を編纂中です。これにぜひ玉稿をたまわりたく、お手紙を差し上げた次第です。
どのように類をみないかと申しますと、物故者の解説を、当のご本人その人に執筆していただくという点です。つまりご存命中でありながら、ご自身をすでに一生を終えた人物として扱い、その業績、あるいは辞世の言葉、墓碑銘などについて解説するというものです。不謹慎だとお叱りを受けるかもしれませんが、決して興味本位からのものではないことをご推察いただければと存じます。
死を考えることは生を考えることです。人の業績や人生上のエピソードは、つねに同時代のまわりからの評価にさらされ、それを集約したかたちで、死亡記事や人名辞典の記述がなされます。それをもって「客観的評価」とされ、私たちはあまり疑問を抱きません。しかし本人がどう思っているかは別問題です。また人物やその作品、業績の評価は、時代とともに変化することはご承知のとおりです。それならば、いっそご本人にその作品や人生について書いていただければ、時代を隔てても価値を持つ貴重な資料になりうるのではないかと考えたわけです。
どうか本書の意図するところをご理解いただき、ご執筆くださいますようお願い申し上げます。
色は匂へど散りぬるを
一年前にすでに死亡していたことが、最近になって判明した。氏は生前、死んだあとは葬式はしない、墓はつくらない、遺骨も残さない、という三無主義を唱えていた。それを遺書に記していることを公言していたため、遺族もこれを忠実に守り、その結果、氏の死の事実がひそかに覆い隠されることになったのであろう。
生涯、宗教学者として通した。死ぬときは西行法師のように、春、桜のころ、満月を仰いで、と夢想していたが、はたしてその通りの最期を迎えることができたかどうかは、何しろ死後一年も経ってしまっているので、定かではない。もう一つ、死期を悟った時の氏の心得として、できうることなら断食をしてその時を迎えたいと言っていたが、はたして断食によって往生ができたのかどうか、それも現時点では確かめるすべがない。
最後に一言。氏はかねて「一握り 散骨」を提唱していたので、おそらく遺族や知友は、氏の残された遺灰を、旅行などのみちすがら、一握りずつもっていって因縁のある場所に散布していると思われる。その一部は、もしかしたらインドのガンジス川に流されているかもしれない。
氏の愛唱句の一つ。
1) 質問に答えてください。
<依頼状>
① この依頼状を書いている人は、何をつくろうとしていますか。
② 『私の死亡記事』は“通常の死亡記事”とどこが違うのでしょうか。
③ 「死を考えることは~と考えたわけです」から『私の死亡記事』の制作意図を示していると思われる部分を書いてください。
④ そのために手紙でどんなことを依頼しましたか。
<色は匂いべ散りぬるを>
⑤ 筆者自身による死亡記事の中で唱えている「三無主義」というのは、具体的にはどのようなものですか。
⑥ 筆者は死ぬときはどのように迎えたいと夢みていたでしょうか。2つ挙げてください。
⑦ 筆者は自分自身の遺灰がインドのガンジス川に流れているかもしれない、と書いていますが、それはどうしてですか。
Mở rộng
考えよう・話そう40年後の「あなた」を想像してみてください。思えば、山あり谷ありの人生でした。
40年間を振り返り、主な功績をメモにまとめます。還暦を迎えた「あなた」をその記念パーティーで紹介してください。
1)あなたの通っている学校や、あなたの住んでいる地域で、「いろいろな国の文化を紹介するフェア」を開催することになりました。しかし、開催するための資金が足りません。そこで、地域の団体や会社などに寄付をお願いする手紙を書いてください。
OO御中 拝啓
日付 敬具 名前 |
2)「4.考えよう・話そう」で話したことを「あなた」の伝記にまとめてください。