Mở đầu
1)規則や約束事を守ることの良い点と悪い点、それを守らず自由にすることの良い点と悪い点は何でしょうか。
2)服装にはTPO(時・場所・場合)の約束事がありますが、それを守りますか。
自由に好きなかっこうをしますか。
3)茶道と能、利休と世阿弥について何か知っていますか。知らなければインターネットなどで調べてみましょう。
Đọc hiểu
型にはまる
お能にもお茶にも型というものがあります。
およそ世の中に、型にはまる、ということくらい理想的なことはありません。何でも型にはめさえすれば、間違いは、起こり得ないのです。また、型にはまらなければ、型を破ることもできないのです。
若い人たちは、とかく型にはまることをいやがります。自由であること、---なるほどそれ以上のいいことはないようです。けれども、見渡したところ、世の中には型にあらざるものはない、といってもいいすぎではないほど、上は宗教から、芸術から、生活に至るまで、型にはまってないものは一つとしてありません。言葉でも、衣類でも、食器でも、法律でも、教育でも、習慣でも、紙でもペンでも。(中略)「世の中」という一つの枠は、私たちを固くきつくしばり上げています。それも、たった一人で、人跡絶えた山奥にでも住まぬ以上、そうです。一人でも、人間に会ったら、もうそこに一つの約束が出来上がります。(中略)面倒くさいきずなを、こんがらかった糸でも切るように、ズタズタに切りさかぬかぎり、社会人たる私達は、なんといおうと、型にはまらないで暮らすわけにはゆきません。思えば、自由ということは、実に寂しいことであるのです。
利休も世阿弥も、私たち不自由な者からみれば、お茶やお能をつくったということにおいて、うらやむべき幸福な人たちでありますが、おそらく彼らにいわせたら、彼らほど不幸で、寂しい人間はいない、というにきまっていると思います。天才は、いつもたった一人で、話相手をもちません。いっても仕様のないこと、そうかといって、いわないでも仕様のないこと。そういう気持ちをまぎらわすために、利休には茶、世阿弥には能が必要でありました。まぎらわす、というよりも、もっと切実に、芸術がなかったら、彼らは生きてはゆけなかった。それだけがたよりであったのです。
一本の茶杓をけずるときでも、利休はおそらく、そういうあきらめの心とともに、その竹の一片に彼の肉体と精神をまかせきったことと思います。利休はそのささやかなものを自分と同じくらい愛したと同時に、そんなものはどうでもよかったに違いありません。死ぬときに、「無用のもの」といって、愛用した茶碗を壊したのも、利休が自分の死とともに、茶器も茶道も、みんな一緒に滅びる、ということを信じていたからです。
事実、茶道は利休とともに滅びました。お寺の鐘が鳴るように、鳴った後は、それは音ではなくてひびきです。その美しい余音を少しでも長くとどめておこうとして、後の人々は、おろかな努力をこころみます。本人にはちっとも型をつくる気はなかったのに、その人々が利休をしのぶあまりに、茶道の型をでっち上げたのです。それは、しかし天才ならぬ我々にとって、唯一の、利休へ近づく道であります。型を破る、などということは、ほんとをいえば、利休までもけっとばしてしまうくらいの自信ある、そして利休以上の天才でないかぎり、そんなことは出来ないのです。
1) 筆者は本文中でどのように述べていますか。正しい答えを選んでください。
① 筆者が「社会人たる私達は、・・・型にはまらないで暮らすわけにはいかない」と言っているのはどうしてですか。
a. 世の中には宗教・芸術から生活まで、型にはまっていないものはないから。
b. 世の中が私達を一つの枠にしばってしまうことはできないから。
c. 一人で、人跡絶えた山奥に住むということは、寂しいから。
② 筆者は型というものをどのように考えていますか。
a. 茶道や能などの伝統的なものにだけ型がある。
b. なんでも型にはめるということが間違いのもとである。
c. 天才だけが、型を破ることができる。
③ 筆者は利休と茶道をどうとらえていますか。
a. 利休にとっての茶道とは、なかったら生きていけないものだった。
b. 利休にとっての茶道とは、利休が作った茶杓を後世に残すことだった。
c. 利休にとっての茶道とは、利休の死とともに一緒に滅びるものではなかった。
2) 表を完成させてください。
| 私達 | 利休、世阿弥 | |
| 例 | ① 凡人 ・ 天才 | ② 凡人 ・ 天才 |
| (1) | ① 不自由 ・ 自由 | ② 不自由 ・ 自由 |
| (2) | ② 寂しい ・ 寂しくない | |
| (3) | ① 型が破れる ・ 型が破れない | ② 型が破れる ・ 型が破れない |
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考えよう・話そう1)利休は自分の死によって茶道は滅びることを信じ、愛用の茶碗を壊して死にましたが、21世紀の今日、なお利休によって始められた茶道が行われています。その理由を考えてください。
2)社会では世の中の枠ばかりでなく、学校や会社という組織、工場という生産の仕組みなど、いろいろな型を学ばなければなりません。あなたはどうやって型を獲得していきますか。自由に話してください。
あなたの国、地域にも、利休や世阿弥のように型にはまらなかった人物がいますか。その人を紹介してください。その人についてあなたはどう思いますか。800字程度にまとめてください。
文章の流れ: ①型にはまならなかった人物の紹介 ↓ ②その人がしたことを具体的に ↓ ③その人は社会にどう受け止められたか。 ↓ ④あなたはその人についてどう思うか ↓ ⑤まとめ |